ノマドのブログ

場所や時間にとらわれない働き方、ブログ運営やアフィリエイト、ライティングテクニックなどなど。

いい記事を書こうとすると良い記事は書けなかったりする

ブログは世界に公開するものですから、あまり恥ずかしい文章はお見せしたくない、そう思うのは当然かと思います。

 

でも、「いい記事を書くぞ!」と気負って書いた記事であればあるほど、読者には読まれなかったりするんですよね…。今日はそんなお話を、気負わずダラダラと書いてみようかと。

 

良いものを書こうとすると失敗しやすい

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中学2年生のころ、担当の先生が国語科の先生でした。

 

ある日、私がたまたま何気なく書いた作文が評価されたようで、県の作文コンクールに学校代表として出したいんだけど、と提案されました。

 

それで、ちょっと「惜しい感じ」の箇所があるから、書き直してくんない?といわれたんで、家に持ち帰って一晩で書き直してみたんですね。

 

そして翌朝学校に持っていったら、その先生は一言「書き直す前の方がよかったね」と…。

 

心の中で「なんだよー」と思いましたが、今から考えると、「学校代表としてコンクールに出品する」という華々しい話に浮かれて、つい気負って書いてしまったからなのでしょう。

 

何気なく作ったものの方が高く評価されるかも

そもそも当時の私は別に文章を書くのは好きじゃなかったし、どちらかというと絵を書く方が好きでした。

 

でも、絵画にしても同じで、時間をたっぷりかけて自信たっぷりに仕上げた絵は意外に評価されなくて、テキトーにサラッと書いたいたずら描きのような絵の方がウケがよかったりしました。

 

ブログ記事もそんなものじゃないかと、思うんです。

 

ブログ記事に必要な要素とは

そもそもブログというのは芸術作品ではないし(そういう方向性もアリだけど)、書く人と読む人のコミュニケーションの場でもあるんですよね。

 

だから、創造性とか高尚な文学性よりも、読みやすさや分かりやすさが大切だと考えます。それと、情報の正確さでしょうか。

 

ですので、「いい記事を書こう」とすると全然評価されなかったり、「この記事は自信作!」という”ドヤ顔”でいる記事って、意外と人気がなかったりします。

 

それでも、ブログを始めて最初のうちは、「いい記事を書かなくちゃ」と気負ってしまうのは仕方がないことでしょう。100記事、1000記事と書き続けているうちに、肩の力も抜けてきます。

 

ブログも「思いやり」が必要

ただ、ネットの向こう側にいる読者の気持ちを想像しながら書くことは重要だと思います。この記事を今読んでくれている人はどんな気持ちなんだろう、どんな人なんだろう、と想像しながら書くと、自然と読みやすい記事になるのではないでしょうか。

 

ターゲットとする読者のタイプを設定するお話は、以前こちらの記事で書いています。

 

nomado.hatenadiary.com

 

インターネットの向こう側にいる読者が読みながらどんなことを思っているか、この記事を読んでどんな印象を受ける可能性があるか、「思いやる」ことで「良い記事」が書けるようになるかもしれません。

 

例えば、自分の友人がたまたまこの記事を読んでいる、と想像してみてください。その友人に語り掛けるようなつもりで書くと、自然と肩の力が抜けた、わかりやすい文章になると思いますよ。